大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)774号 判決 1968年7月05日

一審原告(七七四号事件控訴人、七八五号事件被控訴人) 福島良一

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 越智譲

一審被告(七七四号事件被控訴人、七八五号事件控訴人) 株式会社アスカ商会

右代表者代表取締役 閑林利劒

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 朝尾皆之助

主文

(一)  一審被告らの控訴に基き、原判決中一審被告ら敗訴部分を取消す。

(二)  一審原告らの一審被告らに対する請求を棄却する。

(三)  一審原告らの本件控訴を棄却する。

(四)  訴訟の総費用は第一、二審を通じ全部一審原告らの負担とする。

事実

一審原告ら訴訟代理人は第七七四号事件につき「原判決を左のとおり変更する。一審被告らは各自(1)一審原告福島良一に対し二三七、八六九円とうち二三二、四三九円に対し一審被告株式会社アスカ商会は昭和四一年一月二一日から、同中西光次は同年同月二二日から、うち五、四三〇円(控訴状の控訴の趣旨に五、三三〇円とあるのは上記の誤記と認める原審記録四七丁請求趣旨拡張申立書参照)に対し一審被告両名とも昭和四二年一月一日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を、(2)一審原告福島良夫、同福島裕子に対しそれぞれ五〇、〇〇〇円とこれに対し一審被告株式会社アスカ商会は昭和四一年一月二一日から、同中西光次は同年同月二二日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第七八五号事件に対し控訴棄却の判決を求め、一審被告ら訴訟代理人は第七七四号事件に対し控訴棄却の判決を求め、第七八五号事件につき「原判決中一審被告らの敗訴部分を取消す。一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は左のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

第一、一審原告らの主張

(一)  本訴附帯請求の原因はいずれも本件損害金に対する不法行為以後の日以降支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるにある。

(二)  一審被告中西には次の点で過失があった。

(イ)  本件道路上には当時二〇〇米にわたって北進対向車が停滞していたのであるから、南進中の一審被告中西としては右停止中の車両の間から横断者が進出してくることは十分予測できることであり、また予測すべきであった。

(ロ)  右停滞車の列は本件事故現場の三叉点で若干間隙を作っていたにもかかわらず、一審被告中西は事故直前に子供である一審原告良一はともかく一しょに横断しようとしていた大人の同裕子と粕谷亘子がいたことも気がついていないことは前方のこれらの状況を注視していなかったからである。

(ハ)  本件のような狭隘な道路で、しかも対向車停滞のため見通しのきかない三叉点を通過しようとした一審被告中西としては横断者の接触を防ぐためその自認する時速二〇ないし二五粁以下に減速すべきであった。

(三)  一審原告は顔面受傷部に一七針の縫合手術を受け、いまなお通院治療中であるのみならず、二本の縫合痕(各五センチ)が残り子供仲間で「汽車ポッポ」「線路」とあだ名されている。これらによる精神的苦痛に対する慰しゃ料は八〇万円を下らないこと明らかである。

第二、一審被告の主張

(一)  一審被告らの主張する相手方の過失とは一審原告裕子についていうものであって、一審原告良一が飛び出したというのは右事情として主張しているものである。

(二)  前記一審原告らの(二)の過失の主張を否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、次の事実は当事者間に争いがない。

一審原告良一が昭和四〇年四月三日午後四時二〇分頃大阪市城東区茨田浜交差点南方守口八戸の里線(南北路)の道路上において折から南進してきた一審被告中西運転の三輪貨物自動車(大六ふ六六五五号)と接触して受傷したこと、及び、一審被告会社は水道工事業を営むため右自動車を所有し当時自己のためこれを運行の用に供していたこと。

二、一審原告らは右事故につき一審被告会社に対しては事故車の運行供用者として、同中西に対してはその運転上の過失に基き損害賠償を請求するのに対し、一審被告らは中西は無過失であり、かえって本件事故は一審原告良一の保護者一審原告裕子の過失によって生じたものであると主張して、一審被告中西の無責と一審被告会社免責の抗弁をいうのでまずこの点について検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は守口八戸の里線道路(本件南北道路。巾員約七・五〇米の歩車道の区別のないコンクリート舗装道路)上にあって、東西に走る阪奈国道と交差する浜交差点から南へ約五〇米の地点にあり、本件事故現場附近からはほぼ南西方向に一本の地道が三叉状に出ている。右三叉路の巾員は右南北道路と接する部分では約九・三〇米あるが、南西方向に伸びるに従い急に狭くなり約四米となる。なお本件事故現場附近は田畑が多く殊に西側の見通しは良好であり、信号や横断歩道の設備はない。

本件南北路は自動車の往来が頻繁で前記浜交差点の信号が南北赤になるときは、北行車は忽ち停滞し、その列は本件三叉路即ち本件事故現場附近を遙かに超えて全長約一〇〇米に達するほどの停滞状況を示し他方南行車の方は前記交差点で通行止めとなるから阪奈国道から廻ってくる自動車が南進してくるだけの状態となる。

(二)  一審原告裕子(昭和六年生、以下単に裕子という。)は当日自宅を訪ねてきた女学校時代の友人粕谷亘子を見送るため右三叉路を経て本件南北路を通って浜交差点のバス停留所まで行くべく、長男一審原告良一(昭和三四年六月一五日生、当時五才一〇ヵ月、以下単に良一という)を伴って三人で自宅を出た。裕子は粕谷と話しを交わしながら三叉路を通って本件南北路に達したが、丁度その時本件南北路の交通状況は前判示のように北方浜交差点の信号が南北赤であったから北行自動車が前記のとおり一〇〇米ぐらい列をなして停滞しており、三叉路前も人が車の間を通って横断できる程度に少しの間隔をおいたほかは自動車が頭尾を接して停車していた。

(三)  裕子らは本件南北路の西側端を通ることは停滞車のため困難であるとみて、なんとなくその場で直ちに横断してその東端を歩こうと考え(裕子は近辺の交通情況を知悉していた)、前記停滞車の間隙を抜けて本件南北路を横切り東端側に渡ろうとした。よって、良一が先頭に立ち少し間隔をおいて母裕子が続き、その後に粕谷がほぼ一列になって続いたのであるが、裕子はそのさい特に南行車通過に伴う危険に備え良一の手をつなぎ、または注意を与える等の措置をとることなく、漫然良一の独り歩きに任せていたため、かかる場合の事故防止能力を欠く良一はそのまま独りで停滞車の間を通り抜けて南北道路中心線附近まで飛び出した。

折しも一審被告中西(以下単に中西という)は本件事故車(マツダ二屯三輪トラック)を運転して阪奈国道を東進し浜交差点を右折して本件南北路に乗り入れその中心線から約五〇糎東寄りのところを時速約二五粁で南進し、本件三叉路附近にさしかかったさい、前記のように同所には横断道路の設定はなく、又叙上の通り西側に停滞する車両列のため三差路をなすことすら見極め難い事情にあったため、そのまま進行したところ、本件事故現場約二米手前で子供(良一)が北行停滞車の間隙から矢庭に飛び出してきたのに気付き、とっさにブレーキを踏んだが間に合わず、良一は自己の右側顔面を中西運転の三輪自動車後部荷台右側面の二つの蝶つがい(荷台先端角から後へ約三〇糎と約五〇糎のところにあるもの)附近にひっかけるように接触して転倒した。右事故現場附近の北行停滞車の台数、車種等の詳細は明らかではないが、いずれにしても中西としては北行停滞車が列をなしていたため良一がその間隙から飛び出してくることを予知することはできない状況であった。

以上の事実が認められ、右認定事実に反する≪証拠省略≫、殊に裕子が良一の手をつないでいたと言い、三叉路附近の停滞車は三叉路の巾(九・三〇米または三米)ぐらいの間隔をあけて停車しており、南行車からみても右間隙より人が横断してくるのを十分看取できる状態であったかのように言う部分は前掲各証拠に照らしにわかに信を措くことができない。

以上の事実によれば、一審被告中西としては本件事故現場附近を本件三輪自動車を運転して時速約二五粁で南進通過中、停滞していた対向北進車の列のかげから突如として一審原告良一が自ら飛びかかってきたような状態となったのであって、これに気付いた時は急停車の措置をとってももはや良一との接触を避けることができなかったため、自車の右側面が良一の顔面に接触してしまったことが認められ、この間中西の運転には別段非難すべき点はなく(前判示のような道路交通状況のもとで中西に対し自車の進路直前に突如飛び出してくる者を予見しこれに対処することまで要求することは難きを強いるものといわねばならない)、結局本件事故につき一審被告中西には過失はなかったというべきである。(≪証拠省略≫によれば中西は良一の後にいた裕子や粕谷にも気付かなかったことが認められるけれども右事実は前記良一の事故原因に対する判断を左右するものではない。)かえって、一審原告裕子は学令にも達しない僅か五才一〇ヵ月の幼児である長男良一を帯同して本件南北道路の如き自動車交通頻繁な、しかも横断歩道の設けられていない個所を横断しようとしたのであるから、わが子の手をつなぎ、または注意を与える等の措置をとった上左右の安全を自ら確認して相応の指示誘導をなし、もって交通事故を未然に防止すべき歩行者、子の監護者としての注意義務があったにもかかわらず(道路交通法第一三条、第一四条の趣旨参照)、右義務を怠り慢然良一を先頭に立たせ、独りで横断させるに任せたために本件事故にあったというべきであるから、一審原告裕子は右事故につき過失があったこと明らかである。

三、そうすると、一審被告中西には何ら民法不法行為上の責任はなく、また一審被告株式会社アスカ商会についても、前記事実と弁論の全趣旨によれば本件事故は自己や運行供用自動車運転者中西の運行上の過失もしくは右自動車の構造上の欠陥または機能障害によって生じたものではなく、かえって被害者良一の監護者である一審原告裕子の過失に因るものであることが認められるから、自賠法第三条但書所定の免責の適用を受けるものである。

よって、一審原告らの本訴請求は全部失当であるからこれを棄却すべく、一部これと異る趣旨に出た原判決は変更を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井末一 判事 竹内貞次 畑郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例